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本当のお金の話① 仮想通貨の根本的な勘違い

 

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最近ますます話題のビットコイン等の仮想通貨。

投資先としてますます活況をみせる仮想通貨について、やはり中立的な立場から整理をしておくべきかと思いました。

 

最初にいっておくと、儲かる余地はまだ有ると思います。
だから投機したい人は投機すれば良いです。
特に止めませんし、私も遊びで買ったりするかもしれません。

 

もしこれから真剣にお金や仮想通貨と向き合っていこうと検討されている人がいれば参考になれば幸いです。

 

 

大前提の話

 

最初に経済学上の大前提の話をします。
仮想通貨に対する、そもそも論からのアプローチは今のところまだ少ないと思います。
体感的に、仮想通貨取引をしている98%の方は知らない話です。
なので出来るだけ簡単にお伝えします。

 

まず仮想通貨は「通貨」ではありません
これは明確に否定されます。

そして「通貨」になることも出来ません。
というわけで金融庁や海外からは正確には「暗号資産」と呼ばれています。

一応ここでは引き続き「仮想通貨」という名称で進めます。

 

なぜ通貨ではないのか?

「通貨」とは、「貸借の記録」であり、

「仮想通貨」とは、「商品」であるからです。

ここでいう「商品」とは形の有る無しは関係ありません。
金属であろうがデータであろうが、「商品」は「商品」であって「通貨」とは全く違うものです。

どれくらい違うかというと、蟻と象くらい?ティッシュと飛行機くらい?とかそういうことではありません。

例えが難しいですが、「冷蔵庫」と「感情」くらいの差です。
要は、次元が違うわけです。

 

商品貨幣論

 

これが多くの現代人が勘違いしているポイントです。

というより普通に暮らしている人や経営者はもとより、財務官僚、政治家、はたまたノーベル経済学者でさえも勘違いしている世の中です。

 

例えばこういう話を聞いたことはありませんか?

大昔、人々は物々交換を行っており、物々交換の利便性を向上させる為に「通貨」(コイン等)が生み出された。

 

これを「商品貨幣論」といいます。

 

これが勘違いなのです。
実は、そんな証拠はどこにも見つかっていません。

 

なぜそんなとんでもない勘違いがこんなにも世界中の共通認識になっているかというと、時は約300年前に遡ります。

 

世界で初めての中央銀行であるイングランド銀行ができたころ、当時最も影響力を持っていた経済学の父といわれるアダム・スミスが、その辺りをおざなりにしたからです。
(アダムの罪と呼ばれています)

 

その後、「通貨」とは何なのかよくわからないまま、ありもしない歴史(物々交換の簡略化で生まれた)や、間違った解釈(一般均衡理論)で、300年間やってきました。
今もなお、経済学の主軸としてその魂が受け継がれているのです。

 

そんなことがあり得るのか?と思うかもしれませんが、十分にあり得ます。
物理化学の世界でさえ、世界TOPの偉人の発言によって真実がカモフラージュされ、その修正に何百年掛かることもあります。

 

大陸移動説、人類進化論、地動説、物質燃焼、細菌疫学なども世の中に受け入れられるのにも相当の年月が掛かりました。

 

古代ギリシャでアリストテレスが「重いものの方が軽いものより速く落ちる」といった発言も、ガリレオがピサの斜塔で実験し、それが間違いであることが浸透するまでに約2000年掛かったのです。

 

もちろん間違っていたこと自体が悪いわけではありません。
最初はわからないのですから当然です。むしろ超天才ばかりです。
だから観測や経験を積み重ねて徐々にアップデートしていけばいいのです。

 

しかし、事実が判明したからといってすぐに受け入れられるわけではありません。
派閥争い、宗教、感情、情報操作、利権、様々な障害を克服していく必要があります。
だからとんでもない年数がかかっちゃうわけです。

 

信用貨幣論

 

では「通貨」は「商品」ではなく「貸借の記録」であるといいましたが、どういうことでしょうか。


簡単にいうと、「通貨(お金)」=「借用証書」です。

 

例えば家を買う時、銀行にお金を借りた時に個人が書く「借用証書」
企業が発行する「小切手」「社債」
国が発行する「国債」
これらが「通貨」です。

 

一万円札や千円札も「通貨」です。
「現金」ともいいますが、実はあれも日本銀行が発行している日本銀行券という名の「借用証書」です。

ちなみに世の中で一番多い「通貨」は何かわかりますか?
実は「現金」ではありません。
圧倒的に「預金」が多いです。

 

個人や企業が銀行に預けているお金のことです。
借用証書は別に紙である必要はありません。
「記録」さえあればデータでも何でもいいです。
「預金」は、銀行側からするとみんなに借りている「借金」なわけです。
預金通帳や電子上に記される数字が「借用証書」となります。

 

これらが本当の「通貨」です。
つまり、本当の「通貨」はただの記録であり実体がないのです。
むしろこっちの方が「仮想通貨」という呼び名にふさわしいかもしれません。

 

なお、貸している人が「通貨(資産)」を持っている人。
借りている人が「借金(負債)」を背負っている人。
めちゃくちゃ貸している人がいるすればその人は「通貨(資産)」をめちゃくちゃ持ってる人なので、つまりお金持ちです。

 

このような通貨を示す理論を「信用貨幣論」といいます。
別に今に見つかった理論ではありません。大昔からいわれている理論です。


ちなみに「信用貨幣論」の証拠は見つかっています。
4500年前のメタポタミア文明からもお金の貸し借りを記した石盤などが見つかっています。

 

絶対に超えられない壁

 

「商品」「通貨」では絶対に超えられない壁があります。

 

信用貨幣論における「通貨」最大の特徴は、無から有が生まれることです。
そしてただの記録なので理論上に発行できることです。

 

しかし「商品」は有限です。
金(Au)だってビットコインだって有限です。
ビットコインは発行上限が2100万Bと決められています。
そして「商品」は錬金術のように無から生まれることは出来ません。
だから仮想通貨マイニングという作業無しでは生まれることは出来ません。

必ず ‟誰かが材料を使って加工する” ものが「商品」です。
もちろん「サービス」も商品の一種です。
教育サービスであれば、‟講師が言葉と時間を使って知識を届ける”という「商品」です。
何の資源(素材、情報、時間、アイデアなど)もないところからは「商品」は生み出せないのです。

 

錬金術が出来る  → 通貨

錬金術が出来ない → 商品

 

石ころや海水のようにありふれたものは価値が低いです。
もし誰もがに仮想通貨を発行出来るなら換金としての価値は0です。
有限だからこそ、希少性が生まれ金(Au)ビットコインの価格が上昇するわけです。

 

ちなみに「株券」「商品」です。
企業の価値を細かく証券化しているに過ぎません。
株数を無理やり増やせば当然1枚あたりの価値は下がります。(希薄化)
企業価値が上がれば証券価値も上がります。
企業が倒産すれば、紙くずになるだけです。

 

ではなぜ「通貨」に発行出来る性質を持ちながら価値があるのでしょうか。

 

答えは簡単です。
貸借の契約が成立するかどうかの問題があるからです。

私が100億円と書いた借用証書を発行することは可能です。
でも誰も受け取ってくれません。

なぜなら、誰もが「貸したはいいけど返ってこないだろ」と思うからです。
信用貨幣の「信用」とはそういう意味なのです。

 

でも、1000万円を10年以内に返す、毎年10万円のボーナスもつける!とすれば貸してくれる銀行もあるかもしれません。

つまりそれくらいの「信用」はあるのかもしれません。
「信用」というのは、「きちんと返してくれるか度」です。

 

だから理論上いくらでも通貨が発行できたとしても、「きちんと返してくれるか」問題により、発行者や上限が自動的に制限されるわけです。

 

いうまでもなく「きちんと返してくれるか度」が最も高いのは、国家であり中央銀行です。

皆さんが喜んで1億円の現金を受け取るのは、心の奥底で「日本銀行なら信用できる」と思っているからです。

わけのわからない怪しい小国の国債なら、よほどのボーナス(つまり金利)がないと受け取らないのもそういうわけです。

それでも小国がお金を発行し続けたら、いずれ「信用」をオーバーして、破綻してしまいます。

「通貨」は、密接に「信用力」と関わっているのです。

 

まとめ

 

・仮想通貨は真の「通貨」になることは出来ない。

・そのあたりがまだごっちゃになっている人が多い。

 

今回はとりあえずこれだけわかれば十分です!